耳鳴りの迷走神経調整法
- yamanehari777
- 6月2日
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更新日:6月6日

耳鳴りの治療において、「迷走神経調整」という概念は、そのメカニズムと治療応用において近年注目を集めています。特に、非侵襲的な経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)がその代表的な方法として研究されています。
耳鳴りと迷走神経調整の関連性
耳鳴りは単なる聴覚の問題だけでなく、脳の神経ネットワークの異常な活動や、ストレス、不安、自律神経の乱れなど、様々な要因が複雑に絡み合って生じると考えられています。
迷走神経は、脳幹から出て内臓の多くに分布する副交感神経系の主要な神経です。この神経は、以下のような働きを通じて、耳鳴り症状の改善に寄与する可能性が指摘されています。
自律神経のバランス調整: 耳鳴り患者には、交感神経の過活動や副交感神経の低下といった自律神経のアンバランスが見られることがあります。迷走神経を刺激することで、副交感神経の活動を高め、リラックス効果をもたらし、ストレスや不安による耳鳴りの増悪を抑制する可能性があります。
脳の可塑性(Plasticity)の促進: 耳鳴りは、聴覚系の脳の活動パターンが変化(再編成)することで生じると考えられています。迷走神経刺激は、脳の神経可塑性を高める作用があることが示されており、これにより異常な聴覚ネットワークを修正し、耳鳴りの知覚を軽減できる可能性があります。
炎症反応の抑制: 迷走神経には抗炎症作用があることが知られています。内耳や脳の微細な炎症が耳鳴りの原因となる場合、迷走神経刺激が炎症を抑制することで症状の改善につながる可能性も考えられます。
ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の調整: 迷走神経刺激は、脳内の様々な神経伝達物質の放出に影響を与えることが示唆されており、これが聴覚処理や情動反応の調整に寄与する可能性があります。
迷走神経調整の具体的な方法:taVNSを中心に
耳鳴りの迷走神経調整には、主に以下の方法が研究されています。
経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS): 耳介には迷走神経の枝(耳介迷走神経枝)が分布しており、ここに微弱な電流を流すことで迷走神経を刺激します。これは非侵襲的であり、家庭での使用も可能な手軽さから、最も注目されている方法です。
特徴: 手術が不要、比較的安全で副作用が少ない(刺激部位の違和感など)。
メカニズム: 耳介からの電気刺激が脳幹の孤束核を経由し、青斑核や扁桃体など、聴覚処理や感情、自律神経に関わる脳領域に影響を与え、神経可塑性を誘導すると考えられています。
研究状況: いくつかの臨床研究では、taVNSが耳鳴りの音量や苦痛度(Tinnitus Handicap Inventory; THIなど)を軽減する可能性が示唆されています。特に、音響療法(音楽やノイズの聴取)と組み合わせることで、より効果が高まるという報告もあります。しかし、効果については研究間でばらつきがあり、明確な効果を示すエビデンスのさらなる蓄積が必要です。
埋め込み型迷走神経刺激(VNS): てんかんや難治性うつ病の治療に用いられる方法で、頸部の迷走神経に直接電極を埋め込み、パルス発生器から電気刺激を送ります。taVNSに比べて侵襲性は高いですが、より強力な刺激が可能です。耳鳴り治療への応用も研究されていますが、侵襲性の高さから、現在のところは確立された治療法ではありません。
現在の課題と今後の展望
耳鳴りに対する迷走神経調整、特にtaVNSは将来有望なアプローチですが、まだ多くの課題があります。
エビデンスの確立: 大規模かつ質の高い臨床試験を通じて、有効性と安全性を確立する必要があります。
最適な刺激プロトコルの確立: 刺激の周波数、強度、時間、期間など、患者ごとに最適な治療条件を見つける必要があります。
作用機序のさらなる解明: 迷走神経刺激が耳鳴りの症状をどのように改善させるのか、詳細な脳内メカニズムの解明が求められます。
規制上の課題: 日本ではまだ医療機器として承認されておらず、保険適用もありません。
現時点では、耳鳴り治療の第一選択肢とはなっていませんが、非侵襲的であることから、今後の研究の進展によっては、新たな治療選択肢として確立される可能性があります。
当院では耳介療法や、左耳の電気パルス(taVNS(経皮的耳介迷走神経刺激)療法)などで迷走神経調整をしています。
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